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初恋の君のSちゃんが亡くなったのが去年の1月。その年の11月に高校の同窓のTが逝った。そしておととい、中学の同窓だったKが亡くなったとの連絡がさっきはいる。心筋梗塞の急死だったらしい。何件かメールがあり、その中で、同じ中学の同窓のSも去年の12月に亡くなっていたことを知る。4人が4人ともにそれぞれの思い出がある。今夜は思いっきり酒を飲もう。

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「逆風は、振り向けば追い風になる」
ということばをラジオで聴いた。

なるほどね。

思い出は・・言葉にした瞬間に色褪せるんだろうか。
大切な思い出がたくさんある。たくさんの思い出はしっかりとぼくの細胞に組みこまれている。
しかし、この大切な物たちはいつかぼくの体内から離れていくんだろうか。ぼくのいちばん大切な物はいつかなくなってしまうのだろうか。

思い出は書くことによってより鮮明になり、逆に言葉にすることによって色褪せてしまう。
それは、書くということは過去を掘りおこすことで、言葉にするということは過去を放出してしまうということなのだろう。
「メダマ」と「ボールペン」、そのふたつの大切な物を放出した瞬間、それはまぎれもなく色褪せてしまった。

思い出は・・色褪せるから思い出なのだろうか。
できるならば放出したくない。しかし、大切な物ほど放出しなければならない時がかならずやってくる。大切な物はずっとずっと宝箱の奥に仕舞いこみしっかりと鍵をかけておきたい。それは絶対に失いたくない物。でも・・藤沢の家、メダマ、ボールペン、と短期間のうちにたくさんの鍵をあけてしまったのだ。

思い出が色褪せてゆく。
大切な物たちが一気に放出されぼくの細胞から離れていく。
悲しい。
それはとても悲しいことだ。

思い出は・・いつか忘れ去らなければならないのだろうか。
思い出は・・いつかぼくから放れていくのだろうか。
悲しみさえも、いつか忘れさられてしまうのだろうか。


    



このふたつの思い出を最近やっとふたりに話すことができた。


今月12日にぼくはなんと28年ぶりにシマの実家に帰省した。
そのとき兄もきていたのであの「メダマ横投げ事件」のことを話してみた。たぶんもうあんなことなんか忘れているだろうと思ったが、なんと兄はその時のことをぼくよりも鮮明に覚えていたのだ。ついでにぼくの記憶ちがいまで指摘してきやがった・・

兄はぼくたちと一緒にメダマをやっていたのではなく、たまたま通りかかったらぼくたちのメダマ遊びをみつけ、お手本を見せてやろうとえらそうに講釈をぶって、であのとぼけた「メダマ横投げ攻撃」をやってのけたという。冗談のつもりでやったのが見事に命中して自分でも内心びっくりしたんだそうだ。
ぼくよりもはっきりと覚えていたことにおどろかされる。


人にはそれぞれたくさんの思い出がある。大切な思い出。ささいな思い出。いやな思い出。色褪せた思い出。忘れ去りたい思い出。忘れ去った思い出。


「ボールペン」のことをKに話したのは去年の11月24日だった。
4年おきにやっている高校の同窓会が去年は東京で開催され、ぼくは参加しなかったけど、その同窓会を終えたKが真夜中にぼくの部屋に泊まりにきたのだ。
とうぜん覚えてるだろうとあの電話の件を言い、あのときなんでボールペンだったんかい?と聞いてみた。すると、なんとKはそんなことなどまったく覚えてなかったどころか、あの子の存在も、あの公園での出来事なんかもすっかりと忘れてしまっていたのだ。

でもぼくのその話を聞いて、
「気ぃつかいのおれだったらたぶん、『そのボールペンでじゅんぎに手紙でもかいたらいいよ』、というメッセージを込めたボールペンだったんじゃないかい?」とのこと。
それを聞いた瞬間、目からウロコが落ちた。
なるほど・・ボールペンにはそんなメッセージがこめられていたのか。うんうん、間違いない。でないとプレゼントにボールペンなどと陳腐な選択をするわけがない。Kはおせっかいなどではなく、本当に気の利くやつだったのだ。

でも唯一彼の誤算だったことは、中学3年生の女の子がボールペンに込められたそんなメッセージを果たして理解できたのだろうかということ。
事実、あの子から手紙なんぞいっさい届かなかった・・
ああやっぱりKはただのおせっかいやろうだった。
ふたつの大切な思い出がある。
その思い出をいつかその当事者のふたりに話してみようと思っていた。


ひとつは兄ちゃんとの「メダマ」の思い出。

メダマとはいわゆるビー玉遊びのことで、シマではしょっちゅうそこかしこでこどもたちがそのメダマ遊びをやっていた(自分のメダマを相手のメダマにぶつけて穴に入れる、等々詳しいルールはすっかり忘れてしまったが・・)。その日も家のまえのひろばでいつものように近所の友達や兄ちゃんといっしょにメダマをやっていた。
で、そのとき兄ちゃんのとった行動がぼくの中で衝撃的な出来事として残っているのだ。

それは、兄ちゃんが正面のメダマをねらうふりをして、フェイントをつき正面を向いたままいきなり真横に自分のメダマを投げたのだ。それがまた見事に相手のメダマに命中してしまったのだ。そんなとぼけたことを兄は時々する人で、でもそんな時はことごとく的をえた結果になってしまうのだった。
そんな、いま思えばほんのささいな出来事なのだけど、その衝撃と光景をぼくはずっと鮮明に覚えていて、自分の中に大切にあたためていて、いつか兄に話してみようと思っていたのだ。




もうひとつの思い出はKとの電話でのやりとり。

ぼくが高校3年のときに好きになった子が、3才年下の中学3年生の女の子だった。
新川沿いにある公園で学校帰りによく待ちあわせをして、そこにあるベンチでいちゃついたり、雨がふるとその公園の向かいにある銭湯の小さな階段にふたりならんで座って雨宿りをしたり、そんな甘酸っぱい思い出の女の子がいた。
でもぼくが高校を卒業してそれっきりになてってしまったのだが。

ぼくは就職組でみんなより一足はやく上京(滋賀だけど・・)していて、しばらくするとまだシマに残っているKから電話があった。
「あの子になにかプレゼントでもしとこうか? ボールペンでも渡しとくよ」と。
Kは良くいうと気の利くやつ、別のいい方をするとおせっかいなやつだった。ああまたおせっかいか・・と思ったけれど、まいいかと了解した。
でも、なんでボールペン?? そのときは尋ねもしなかったが、なんで女の子へのプレゼントにボールペンという選択だったのか、ジワジワと不思議感がつのり、なんとなくもやもやとしていたのだ。そのこともいつかKに聞いてみようと思っていた。




しかし、小さな男はまだこの寂しき読書倶楽部にうまく馴染めずにいた。あるいはもしかすると誰一人として馴染んでいないのかもしれないが、そこのところも小さな男は把握し切れていなかった。それでいいのではないか__と彼は一方でそう思っている。

それはたとえば、住み暮らす街にも同じことが言えた。彼はいま暮らしている街に越してきて六年あまり経つが、それでも街を知りつくしているとは言えない。馴染んでいるのかと訊かれれば「おそらく」としか答えようがなく、行きつけの店が何軒かあるものの、それで街と馴染んだことになるのかと考えてもよく分からない。六年住んでみたところで知らない事物はまだたくさんあるし、駅前からつづく商店街を行ったり来たりしても、見知った顔に出会うことはきわめて稀である。行きすぎる顔は知らない顔ばかり。が、そんな知らない人ばかりとすれ違い、不意に知らない店を見つけたり、知らない猫や知らない犬とその飼い主に出会ったりして、これといった用もなく行き当たりばったりに歩けるのがじつは居心地のいい街のような気がする。

__と、そんなことを考えながら、まさにあてもなく街を歩いていると、商店街のはずれにある開かずの踏切が行く手に立ちふさがるように見えてきた。ここはいつ行き当たっても「開かず」であり、知らない人たちが踏切によって遮断され、その向こうを知らない人たちを乗せた私鉄電車が、急行、準急、特急、快速、各停、回送、とフルコースで横切ってゆく。そして、そのさらに向こう側にやはりフルコースの通過を苦々しい顔で待ちつづける知らない人たちが思い思いの様子で立ち並んでいる。

その中に、小さな男は「あ」と、よく知った顔を見つけて声をあげた。それがまだ馴染めずにいる<読書倶楽部>の最古参__ジァンジァンのもぎり嬢__であったのに、驚いたというより、じわじわとゆるい笑いが湧き起こってきた。

彼女の名字は宮ナントカといったはずだが、どうしてもナントカの一文字が頭に入らず、つい皆が__彼女のいないところで__呼んでいる「ジァンジァンのもぎり嬢」というフレーズが彼女のすこし困ったような顔とかさなって頭に焼きついていた。

「ジァンジァン」とは、かつて渋谷公園通りの坂の途中にあった東京山手教会地下のライブハウスの名である。小さな男はかつて一度だけその小さな空間で芝居をみたことがあった。<倶楽部>に入会して間もないころ、彼女にそのときの記憶を話してみたところ、
「そうですか、そのとき私はまだもぎり嬢をやっておりました」

困ったような顔に少しだけ嬉しそうな表情をまじえてみせたのが、小さな男には微笑ましく印象深かった。もし、彼女の言うとおりなら、ひと昔まえの渋谷の片隅で、小さな男は彼女とすでにすれ違っていたわけだ。そして、いまもまたこうして開かずの踏切で__おそらく彼女は気づかないまま__ふたりは黙ってすれ違おうとしている。

彼女は踏切が開くのを待ちながら文庫本を読み、その様子からして、その「開かず」にすっかり慣れているように小さな男には見えた。

櫛の入ってないザンバラ頭で、片手で巧みに鼻をかみ、開いた頁から顔を上げることもなく、雲間から差しこんだ夕方の陽をあびて、やはりすこし困ったような顔で彼女はそこに立っていた。

いや、微動だにせずに文庫本を読みふける彼女の顔が、どことなく凛々しく見えたことを小さな男は忘れずにいようと思った。

__そして、人生はつづいてゆく。
その一行が、小さな男の頭のなかをわけもなく駆けめぐった。


                                        「 小さな男*静かな声 」
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