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辻仁成の小説タイトルではないが・・・


二十歳になるかならないかの頃、「藤沢の家」に居て新聞配達をしながらサーフィンをしていた時期があった。その「藤沢の家」とは新聞専売所の専業の宿舎で、かなり古びてはいたが一戸建てで畳部屋が3部屋と広い台所があり、おまけに草だらけではあったが庭があり、その庭にはシャワーの設備までついていて、一人で住むには充分すぎる程の大きさだった。
好きなことを好きな場所で好きな人たちと好きなだけやっていたあの頃。
本当にいろんな人たちが日々そこにやってきては、先のこととかもなにも考えずに、明け方まで酒を飲んでは海に入り、夏の照りつける日差しの日も、台風の荒れ狂う波の日も、真冬の凍てつくような海の日も、ただただ海に入っていたあの頃。

あご、えび、たつまろ、しげひと、よしたか、こうしろう、くにじ、ちはる、たつや、ともこ、みほこ、つとむ、わきた、さゆり、
もっともっとたくさんの人たちが来ていたと思う。

今思うとそこにいたのは1年くらいでしかなかったが、その1年は僕の人生のなかでは一番濃く深い時間で、自分の核となり細胞の隅々まで浸透し、今でも宝物になっている。


昨日、あご・たつまろ・しげひとと、たぶんその時以来ではないかと思うくらいに久しぶりに再会し飲みにいった。

実は、あのとき一番先に挫折をしたのは自分であり、サーフィンをやめ「藤沢の家」からも引越し、そして今まであえてあのときの思い出を封印してきたのかもしれない。それ以降はそのときの仲間たちとも距離をおいていた。だから、昨日会うことには少しのためらいと、少しの抵抗感と、少しの後ろめたさがあったのだ。
でも会った瞬間、まろ顔を見た瞬間、大人になったしげひとの顔を見た瞬間、そしてあごと握手をした瞬間、30年という時間は埋まり、ぼくの細胞は覚醒し、禁断の宝箱の蓋は一瞬で開いてしまった。

そう、
たしかに僕はそこにいた。


あのころはほんとに貧しかった。
腹がへって何か食いたいが、3人の財布の中身の全財産が100円足らずしかなくて、しかたなく袋ラーメンを1個だけ買って、それを3人で分けあってすすっていた事。
深夜まで酒を飲んでも、ぼくは新聞の配達があるので3時には専売所に行き、そして配達を終え帰ってくると、眠たいぼくを無理やり海までつれてゆき、みんなは海にはいっているのにぼくは砂浜でダウンしてしまった事。
記憶の片隅にしか残ってないことや、すっかり忘れてしまっていることをみんなは詳細に覚えていることに感動する。

ああ、あの「藤沢の家」はぼくだけの宝物ではなくみんなの宝物だったんだと、
ぼくだけの核ではなくてみんなの核だったんだと、


もう宝箱の蓋は自分の力で開くことができる。


そう、
今でも僕はそこにいる。


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